2022年10月8日土曜日

伝えるのは難しい~ 遠藤周作原作、篠田正浩監督『沈黙』


 なんか 違うんだよなあ!私が原作を読んでのテーマと、 何かが違う。
 遠藤周作原作、篠田正浩監督の映画『沈黙』をYouTubeで観た。近年映画化されたアメリカ版『沈黙』とは別物。観た動画は日本版『沈黙』。古い映画。原作は、若いころに読んだ。映画の最後に新たな挿入部分はあるが、あらすじは同じ。だがテーマとなる言葉が違う気がする。どこがどうとハッキリ言えないが、違う感じ。
 細かいところを言うと、師である宣教師フェレイラも弱虫キチジロウも言葉がダイレクト過ぎる。遠藤周作さんは、「文章は余白に意味を込めるべき」とエッセイで書いていた。映画だから言葉でなく映像描写で表現した方が「沈黙」らしい。棄教した宣教師の主人公が最後に岩下志麻さんを抱擁するところは、脚本の蛇足の宗教観じゃないだろうか。
 感じ方が違うのであって、篠田監督の『沈黙』を非難しているのではない。ただ、原作のテーマを映画化するのは、難しいことなんだなあと感じる。
 それと同じで、お経の文言を解説するのは解説者の観念が入り難しいことと思う。ただ、その人の宗教観で説いて、相手が感銘して正しい信仰を増せば、それはそれで また良いのではないかとも思う。こころは、今日も大吉!
 
  余談 ~ 海岸のロケは、何処だろうなあ?きれい。
 アメリカ版『沈黙』は観ていない。観なかったのは、歳をとると拷問シーンは観るに堪えかねない。健康を害するが理由だ。日本版は流れで観てしまった。

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