ミャンマーで 軍事クーデターが起こり、混乱しているのはニュースで知るところです。ミャンマーは、昔、「ビルマ」でした。信仰が篤い仏教国です。
小学生のころ、6年生のころだったと覚えています。小学校の図書室で『ビルマの竪琴』(竹山道雄)を読みました。小学生用に ひらがなが多い 簡単に書き改めたような本だったと思います。心打たれました。というのも、父が話す戦争体験を 聴いていたからです。父が行った戦地は ビルマではありません。南洋諸島の激戦地、ガダルカナル島です。そこでは、たくさんの日本兵が悲惨な戦死をしています。生き残った人間の方が少ないようです。父は、軍撤退に際し そこを去る時、 たくさんの戦死者の亡霊を見たそうです。亡霊たちが島から手を振りながら何かを訴えていたそうです。流れる涙が止まらなかったと言います。日本本土に帰ってからも、その亡霊たちは ずっと現れていたそうです。父は、ノイローゼに なりそうだったと言ってました。既に なっていたかも知れません。その時に「その亡霊たちに供養を」と思い、信仰に入ったようです。坊さんになりたいと思ったそうですが、そうもいかなかったようです。
『ビルマの竪琴』。たくさんの悲惨な戦死者を見てノイローゼになりかける水島上等兵。偶然、お坊さまの法衣を身にまとうことによって 坊さまとして敬われ、供養の有難さと尊さを知ります。本当は、他の仲間と日本に帰りたいと思うのですが、戦死者の供養との二者択一の選択の葛藤で 苦悩します。押しつぶされそうな苦悩の中、屍を葬ることを自分の使命と感じたのでしょう。ビルマに残ることを決心します。物語ではありますが、そこには、如何ほどの苦悩があったことでしょう。
私の父が戦地から帰って 苦悩したのちの信仰の姿、「ビルマの竪琴」の水島上等兵が苦悩の挙句にビルマに残って供養をする姿、子供ごころにも重なって感じました。本を読んで涙が出ました。最近、断捨離で たくさんの本を処分しましたが、この本は処分できませんでした。他人には話しませんが、『ビルマの竪琴』を読んだことは、私が坊さんになった遠い一因、仏種だったかもしれません。
今日は、2月9日。父の祥月命日。父のことを書いてみました。亡き父への供養になればと考えています。こころは、今日も大吉!